予定を詰め込まなかった休日の夕方。外へ出かけるほどではないけれど、いつもと同じ夕食では少し物足りない。
そんな日は、食卓の上で焼きながら食べる夕食にしてみる。二人の前にひとつ鍋があるだけで、いつもの夜が少し違って見えてくる。
いつもの休日の夕食に、二人でジンギスカン鍋を囲む

テーブルの真ん中に簡易ジンギスカン鍋を置き、肉と野菜を並べる。
「これ、家でやるとちょっと面白いね」
専用の鍋を持っていなくても、そのまま二人の食卓で始められる。思っていたより構えなくていい。
まず肉をのせ、そのまわりに野菜を置いていく。焼ける音が聞こえ始めると、さっきまでの「夕食を食べよう」という感じとは少し違ってくる。目の前でこれからできあがっていくものを、二人で眺めながら待つ。
「そろそろかな」
まだひと口も食べていないのに、もう会話は鍋を中心に動き始めている。
焼きながら話すと、食事の時間そのものが楽しくなる

「これ、もういけるかな」
「もう少しじゃない?」
肉の焼け具合を見たり、空いたところに次の野菜を置いたり。誰かが決めなくても、自然と二人とも鍋を見るようになる。
ひと口食べたら、また次を焼く。「今度はこっちを置こう」「それ先に食べていいよ」。そんな短いやり取りが何度も挟まる。
話題を用意しているわけではない。次に何を焼くか考えて、焼けるのを待って、できたものから食べる。その繰り返しが、夕食なのに少しだけ遊んでいるようで面白い。
もしかすると欲しかったのは、特別な料理ではなく、二人で同じことをしながら食べる時間なのかもしれない。
食べ方を少し変えるだけで、いつもの夕食が印象に残る

最後の肉を焼く頃には、「結構食べたね」と笑いながら、二人で鍋の上を眺めている。
何か大きなイベントをしたわけではない。遠くへ出かけたわけでも、何品もの料理を用意したわけでもない。それでも、焼き加減を相談したことや、次に何をのせるか迷ったことまで含めて、その日の夕食には小さな場面がいくつも残っている。
食卓の真ん中には、最初から最後まで二人で囲んでいたひとつの鍋。完成した料理をそれぞれ食べるのではなく、同じものを見ながら焼いていたからこそ生まれたやり取りもあった。
食べ終わったあとに残るのは、ごちそうを食べたというより、「今日はちょっと楽しかったね」という感覚だ。
「次の休日にやってみたい」と思ったら、まずは二人で囲めるジンギスカンをのぞいてみる。