外で食べることはあっても、家ではなかなか焼かないステーキ。
ある日の夕食、ドン・ロッシのアルゼンチン産牛肉ヒレを前にして、「今日は自分で焼いてみよう」と決める。頼りにするのは、肉と一緒に付いてきた焼き方。目標は、料理上手になることではない。ただ一枚を、いつもより少し丁寧に焼いてみる。
今日は家で、ステーキを一枚焼いてみる

フライパンを出し、まずは焼き方を読む。
ステーキというと、火加減や焼き時間を感覚で判断する料理のように思えていた。でも、書かれている順番を追っていけば、やることは意外とシンプルだ。
「これなら、一枚くらいはいけるかも」
肉をフライパンに置くと、じゅっと音がする。普段の夕食なら何気なく過ぎていく数分が、今日は少しだけ気になる時間になる。
焼き色はどうだろう。そろそろ返す頃だろうか。途中で焼き方をもう一度見返しながら、書かれている通りに進めていく。
難しい技を覚えるというより、目の前の一枚に集中する。そんな気軽さなら、ステーキを焼き慣れていなくても悪くない。
ナイフを入れた瞬間、「ちゃんと焼けた」が分かる

焼き終えた肉を少し休ませてから、皿の上へ。
まだ出来栄えは分からない。外から見れば、おいしそうな焼き色がついているだけだ。
ナイフを入れる。
切り口に現れたのは、赤身の中に残るきれいな色。思わず、手が一瞬止まる。
「お、ちゃんと焼けてる」
一口食べる。赤身らしい肉の味がありながら、ヒレはすっと噛み切れる柔らかさだ。
もう一度、切った断面を見る。
「思ったより、うまくできたな」
次の一切れを切る手が、さっきより少し軽い。
家のステーキが、「また焼いてみたい」に変わる

食べ終える頃には、フライパンも皿もいつもの夕食と大きく違うわけではない。
違うのは、「ステーキを家で焼いた」という小さな出来事が一つ増えたこと。
店で注文するときには焼き加減を伝えて待つだけだったものを、今日は自分で火にかけ、休ませ、切って確かめた。
次にステーキを見かけたときは、少し見方が変わりそうだ。
「これは、どう焼けばいいんだろう」
そんなふうに焼き方へ目が向けば、家で食べるステーキは、ただの夕食ではなく、一枚をうまく仕上げられるか試してみる小さなイベントになる。
次にステーキを食べる機会があったら、一度だけ焼き方をのぞいてみる。
「これならできそう」と思える一枚があるかもしれない。