「精肉店のフライ、結局どれが好き?」を一箱かけて探してみる

自宅の食卓で、一人の人物が皿のフライを食べながら、箱に残った別種類のフライへ目を向けている。

夕食にフライを一つ出す。いつもなら、その日の一品として食べて終わりだ。

けれど、箱の中にはまだ違う種類が残っている。せっかくなら、全部食べ終わるまでに「自分はどれが一番好きか」を決めてみることにした。

今日はひとつ。残りは、また別の日の楽しみにしておく。

7種類から、まずは「暫定1位」を決めてみる

食べ終えた皿のそばで、人物が箱に残った複数種類のフライを見比べている。

最初の日は、7種類の中からひとつを選んで食卓へ。

特別な採点表を作るわけでもない。食べ終わったところで、「これは今のところ1位」と決めるだけだ。

まだ一種類しか食べていないのだから、当然の暫定1位。それでも、決めてしまうと箱の中に残ったフライの見え方が少し変わる。

次はどれにしよう。

明日の夕食ではなくてもいい。数日後でもいい。冷凍庫を開けたとき、まだ食べていないフライが目に入ると、「次はあれを試してみようか」と続きを思い出す。

7種類が一箱にそろっているから、ひとつ食べてもまだ先がある。一食で終わらないところが、なんだかいい。

食べるたびに、好きなフライの順位が変わっていく

自宅の食卓で、人物が切り分けたフライの中身を確かめながら、箱に残った別種類のフライと食べ比べている。

次の日は昔ながらのコロッケ、その次はカニクリーム。少し間をあけて、一口ビフカツ。

同じフライでも、食べてみると印象はずいぶん違う。

「こっちのほうが好きかも」

前回の暫定1位を思い出して、頭の中でそっと入れ替える。けれど、次を食べるとまた迷う。

看板コロッケのような親しみのあるものもあれば、具材も味わいもまったく違うものがある。方向の違う7種類だからこそ、順番に食べていくうちに、自分が何を好きなのかも少しずつ見えてくる。

衣の中身を確かめながら食べる時間も、前より少しだけ丁寧になった。

「これは何位かな」

食べ終わっても、頭の中には前回の一位がまだ残っている。

そして面白いのは、一番を早く決めたいわけではないことだ。むしろ、まだ食べていないものが残っているほうがいい。

次を食べたら、また順位が変わるかもしれない。

全部食べたら、自分なりのベスト3が見えてくる

食べ終えた皿と空いた箱を前に、人物が指を折りながら自分なりのベスト3を振り返っている。

最後のひとつまで食べたところで、これまでのフライをもう一度思い返す。

最初の暫定1位は、そのまま残っただろうか。それとも途中で入れ替わっただろうか。

「やっぱり、あれが一番だったな」

二番、三番と考えてみると、意外とすぐには決まらない。どれも同じように比べるのではなく、「もう一度食べるならどれだろう」と考えると、好きなものが少しはっきりしてくる。

箱を開けた最初の日には、ただ7種類のフライが並んでいた。

全部食べ終わったころには、それぞれに「暫定1位だった」「思ったより好きだった」「最後まで迷った」という小さな記憶がついている。

いろいろ入った詰め合わせを食べただけなのに、何日かにわたって自分の好みを探す遊びになっていた。

一度に全部並べなくても、食べ比べはできる。

むしろ、少しずつ食べるからこそ、次を選ぶ時間まで楽しめるのかもしれない。

7種類あると、最初の一つを食べたところからもう順位づけが始まる。

次に違うフライがいくつかそろったら、食べるたびにひとつだけ「暫定1位」を決めてみたい。