元日の朝、食卓にはまだふたを閉じたままの重箱。家族がそろうまでは、誰も開けない。全員が席についたら、「じゃあ、開けようか」のひと言で、その年最初のお楽しみが始まる。
家族がそろったら、みんなで重箱を開ける

「まだ開けないでね」
先に席についた人が重箱へ手を伸ばしかけると、そんな声が飛ぶ。急いで何かを用意するわけではない。ただ、家族がそろうまでふたを閉じておくだけだ。
やがて全員が食卓につき、重箱を真ん中へ。誰かがふたに手をかけると、ばらばらだった視線が自然とそこへ集まった。
「今年はどんな感じかな」
まだ見えていないからこそ、ちょっと気になる。向かいの人も少し身を乗り出し、ふたが開くのを待っている。
いつもの「いただきます」の前に生まれた、ほんの数秒。その短い待ち時間まで、元日の食卓の一部になっていく。
ふたを開けた瞬間、「どれが気になる?」が始まる

ふたを持ち上げると、重箱いっぱいに詰められた料理が一度に目に入る。
「これ、おいしそう」
「私はこっちが気になる」
「去年、こんなの入ってたっけ?」
まだ箸を取る前なのに、もう話が始まっている。
料理は重箱の中ですでに盛り付けられているので、ふたを開ければ、まず全体をぐるりと眺められる。誰かが一品を指せば、今度はその隣へ目が移る。
「それ選ぶんだ」
「やっぱり、それ好きだよね」
同じ重箱を囲んでいても、最初に気づくものは人それぞれ。その違いが、そのまま次のひと言になる。
食べる前に家族みんなで同じものを眺める。そんな時間も、おせちの楽しみのひとつなのかもしれない。
食べる前の数分が、毎年楽しみな正月の恒例になる

ひと通り眺めたら、それぞれ気になった料理へ箸が伸びていく。
さっきまで「これは何だろう」と話していた一品を誰かが先に口にすると、向かいからすぐに「どう?」。その返事を聞きながら、別の人は次に食べたいものを探している。
重箱の中は少しずつ空いていき、取り皿にもそれぞれ選んだ料理が並ぶ。それでも、最初にふたを開けたときの話はまだ続いている。
やることは、家族がそろうまで開けずに待つことだけ。
来年また重箱を前にしたとき、「今年は何が入っているかな」と誰かが言えば、それだけで去年の光景も少し思い出せそうだ。
味だけではなく、みんなでのぞき込んだことや、「これが気になる」と指を差したことまで残る。そんな始まり方なら、次の正月もまた同じように開けてみたくなる。
次の元日は、家族がそろってから重箱を開ける時間も楽しんでみたい。どんなおせちなら、開ける瞬間からみんなで盛り上がれそうか、少し覗いてみたくなる。