平日の夕食は、できあがった料理を器に分けて、人数分を食卓へ運ぶ。いつもの流れだから、特に意識することもない。
でもある日、煮込み料理を器へ移さず、そのまま食卓へ持っていってみる。鍋がひとつ、真ん中にある夕食だ。
できたてを鍋のまま、食卓の真ん中へ

火を止めたら、グリーンパンのメイフラワーキャセロールをそのまま食卓へ。
スモーキーなブルーの鍋に、天然木のハンドル。調理台にあったときはいつもの鍋なのに、食卓へ置くと不思議とそこになじんでいる。
「今日はこのままでいいか」
人数分の器へきれいに分ける代わりに、小皿だけを並べる。鍋の中には、まだ湯気の立つ料理。あとは、それぞれ食べたいぶんだけ取ればいい。
好きな量を取り分けると、会話が少し増える

「どのくらいいる?」
「最初は少なめで」
鍋から一人ずつ取り分けていくと、それぞれの食べたい量が自然に見えてくる。少し食べてから、もうひとすくい。気に入った具だけ、もう少し。
いつもなら最初から一人分ずつ決まっている料理が、今日は食べながら少しずつ完成していく。
「それ、まだ食べる?」
「うん、もうちょっと」
そう言って、また鍋へ手が伸びる。料理を置く場所を少し変えただけの、いつもの平日の夜だ。
盛りつけない夕食も、ひとつの楽しみ方になる

食事が進むと、鍋の中身も少しずつ減っていく。
最後のひとすくいを誰が取るか迷ったり、「もう少しあるよ」とすすめたり。
料理は器へ盛りつけてから食卓へ出すもの。そんな決まりがあるわけではないのに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
今夜は、鍋が空になるところまで食卓の真ん中にある。
次に煮物やスープを作った日は、一度だけ器へ全部移さず、そのまま食卓の真ん中へ置いてみる。いつもの夕食でも、取り分けるところから少し違う時間が始まるかもしれない。