炊飯器を休ませて、休日は鍋で3合のご飯を炊いてみる

食卓で鍋から炊きたてのご飯を茶碗によそい、その様子を家族で囲んでいる。

休日の朝。いつものようにお米を研いだところで、炊飯器ではなく鍋に手を伸ばしてみる。

使うのは、いつも食べているお米。特別な献立を考えなくても、ご飯の炊き方をひとつ変えるだけなら気軽に始められそうだ。

休日は、いつもの3合を鍋で炊いてみる

キッチンでお米と水を入れた両手鍋をコンロに置き、家族が炊飯を始めようとしている。

メイフラワー キャセロールに、研いだ3合のお米と水を入れる。

いつも炊いている3合を、そのままメイフラワー キャセロールへ。家族で食べる量を変えなくていいから、休日だけ鍋炊きにしてみるのも大げさではない。

炊飯器の代わりに鍋がコンロにのっているだけで、台所の景色が少し違って見える。

とはいえ、用意したものは普段と変わらない。お米を研いで、水を加えて、火にかける。

休日だからといって特別な料理を作るわけではない。そのくらいの気軽さがちょうどいい。

ガラス蓋越しに、炊き上がっていくご飯を眺める

コンロの両手鍋を囲み、ガラス蓋越しに炊き上がっていくご飯を家族でのぞいている。

しばらくすると、ガラス蓋の向こうに変化が見えてくる。

「ちょっと見て」

声をかけると、家族ものぞき込む。蓋の内側に水滴がつき、その向こうでお米が炊けていく。

炊飯器なら、スイッチを押したあとは炊き上がりを待つだけ。けれどガラス蓋の向こうが見えると、そばを通るたびについのぞいてしまう。

「もうすぐかな」

少しして、また誰かが鍋の前に立つ。普段なら気に留めない炊き上がりまでの数分が、今日はちょっと気になる。

蓋を開けると、いつものご飯が少し違って見える

食卓で両手鍋のガラス蓋を開け、立ちのぼる湯気と炊きたてのご飯を家族で見ている。

炊き上がったら、いよいよ蓋を開ける。

家族が自然と鍋の近くに集まり、ガラス越しではなく、できたてのご飯と対面する。湯気の向こうにあるのは、いつも食べているご飯だ。

茶碗によそって、いつもの食卓へ。

特別な食材を使ったわけでも、凝った料理を作ったわけでもない。それでも、炊き上がる途中を何度かのぞいて、最後に一緒に蓋を開けたからだろうか。いつもの白いご飯に、もう一度目が止まる。

「たまには鍋で炊くのもいいね」

そんなひと言が残れば、それで十分。毎日のご飯にも、炊き方を変えてみる余地はまだありそうだ。

次の休日、お米を研いだら、炊飯器の代わりに鍋を出してみる。炊き上がる途中まで眺めてみたくなったら、今回使った鍋も少し気になるかもしれない。